京都府
安倍晴明墓所
〒616-8382 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺角倉町12
安倍晴明墓所は、嵐山の北、嵯峨天龍寺角倉町の住宅地に残る安倍晴明公の墓所です。寛弘二年(1005年)に世を去った晴明公が葬られたと伝わる天龍寺塔頭・寿寧院の跡地にあたり、現在は晴明神社の飛地境内「嵯峨墓所」として守られています。
由来と見どころ
晴明公は寛弘二年(1005年)九月二十六日、八十五歳で世を去り、嵯峨の寿寧院に葬られたと伝わります。この墓は中世から「晴明塚」として知られていましたが、長い年月のうちに荒れ、昭和四十七年(1972年)、晴明神社と天社土御門神道の協力のもと、晴明神社奉賛会によって神道式に改修・建立されました。以来、晴明神社の飛地境内として管理されています。京都には五条河原や鳥羽街道にも晴明公の墓所の伝承がありましたが、いまに残るのはこの嵯峨の墓所だけです。
入口には「陰陽博士 安倍晴明公嵯峨御墓所」と刻んだ石柱が立ち、改修の由来を記す石碑と、西を向いて建つ石造の神明鳥居があります。石段を上ると、五芒星を刻んだ五輪塔形の墓標が、五芒星と奉納者の名を刻んだ石柱に囲まれて佇みます。隣には角倉稲荷神社、北には長慶天皇嵯峨東陵が接しています。毎年九月二十六日の命日には、晴明神社の宮司が祝詞を奏上する嵯峨墓所祭が営まれます。堀川一条の晴明神社と併せて訪ねれば、晴明公の生涯の始まりと終わりをたどることができます。
アクセス
- 所在地
- 京都市右京区嵯峨天龍寺角倉町12(晴明神社公式サイトの表記は角倉町11。隣接地番で、入口の石柱が目印)
- 参拝
- 参拝料なし。住宅地のため静粛に
- 電車
- 京福電鉄(嵐電)「嵐山」駅・「嵯峨」駅から徒歩約5分。JR嵯峨野線「嵯峨嵐山」駅から徒歩約13分
墓所祭の時刻・参列の可否は晴明神社の公式サイトでご確認ください。
周辺の関連スポット
- 晴明神社(上京区・堀川一条)——晴明公の屋敷跡に創建された晴明信仰の中心。この墓所を管理しています。
- 一条戻橋(上京区・堀川一条)——晴明公が式神を潜ませたと伝わる橋。
- 天社土御門神道本庁(福井・名田庄)——墓所の改修に協力した、晴明公の子孫・土御門家の本庁。
よくある質問
- 安倍晴明は嵯峨に葬られたのですか。
- 晴明公は寛弘二年(1005年)九月二十六日、八十五歳で世を去り、嵯峨の寿寧院に葬られたと伝わります。この墓は中世から「晴明塚」として知られ、昭和四十七年(1972年)に、晴明神社と天社土御門神道の協力のもと、晴明神社奉賛会によって神道式に改修・建立されました。現在は晴明神社の飛地境内として管理されています。
- 墓所祭はいつ行われますか。
- 毎年九月二十六日の命日に、晴明神社の宮司が祝詞を奏上する嵯峨墓所祭が営まれます。時刻や参列の可否は、晴明神社の公式サイトで確認してください。
- どう行けばよいですか。
- 京福電鉄(嵐電)「嵐山」駅・「嵯峨」駅から徒歩約5分、JR嵯峨野線「嵯峨嵐山」駅から徒歩約13分です。参拝料はなく、住宅地のため静粛にお参りください。所在地の番地は、晴明神社公式サイトでは角倉町11、このページでは角倉町12と表記しており、隣接地番で、入口の石柱が目印です。
出典・参考
- 晴明神社 公式サイト(嵯峨墓所祭の斎行報告:命日と祭儀)
- 墓所入口の石柱・石碑(改修の由来)
社寺・関係者の方へ:掲載内容の訂正、写真のご提供、取材・掲載のご相談はお問い合わせからお願いいたします。
最終更新:2026年8月31日
- 管理
- 晴明神社(飛地境内)
- 晴明公
- 寛弘二年(1005年)九月二十六日没・享年八十五と伝わる
- 改修
- 昭和四十七年(1972年)晴明神社奉賛会・神道式
- 祭儀
- 嵯峨墓所祭(毎年九月二十六日)
- 参拝料
- なし
- 所在地
- 〒616-8382 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺角倉町12
- 地図
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