物語から辿る
安倍晴明の千年を、伝承の地と一次資料で辿る読み物です。各記事は出典に等級を付け、伝承は「〜と伝わる」と区別して記しています。
読み物
- 人物を辿る土御門範忠とは──晴明から39代、最後の土御門子爵と天社土御門神道の再興土御門範忠(大正9年生)は、兄・熙光の死去により土御門家を継いだ最後の子爵で、戦後に再興された天社土御門神道本庁の管長を務めた人物です。高倉家からの復籍、襲爵、再興の経緯を、官報・華族名簿・公式由緒で整理します。
- 社を数える全国の晴明神社はどこにある?──京都・大阪・福井・岐阜・愛知、七つの社を創建年代で辿る「晴明神社」と名のつく社は全国に七つ。寛弘四年(1007年)創建の京都と大阪を筆頭に、名古屋・大垣・岡崎二社・敦賀へ、創建年代順に由来と参拝の要点を一覧で辿る。
- 師を辿る安倍晴明の師・賀茂忠行と保憲──暦道の賀茂家、天文道の安倍家はこうして分かれた安倍晴明の師は賀茂忠行・保憲父子。保憲は暦道を子の光栄に、天文道を弟子の晴明に伝え、賀茂家と安倍家(土御門家)の二大宗家が生まれた。今昔物語集の原文、続古事談、百科事典で確認できる事実から、賀茂氏の系譜と「賀茂神社」との関係までを整理する。
- 出自を辿る安倍晴明の生誕地はどこか?──大阪・奈良・茨城・讃岐、四つの伝承を史料から読む安倍晴明の生誕地は大阪・阿倍野、奈良・安倍、茨城・猫島、讃岐の四つの土地が伝える。同時代史料に記載はなく、各説の根拠は社伝・寺の口伝・近世の陰陽道書・近代の地誌と性格が異なる。生年二説とあわせ、史料の性質から四説を整理する。
- 社を比べる京都の晴明神社と大阪の安倍晴明神社は何が違う?──同じ寛弘四年創建、二つの「晴明の社」京都の晴明神社は晴明公の屋敷跡に一条天皇の命で、大阪の安倍晴明神社は生誕伝承地に花山法皇の命で、ともに寛弘四年(1007年)創建と伝わる。祭神・御利益・土御門家の位置づけ・参拝法を公式由緒に基づき比較する。
- 系譜を辿る安倍晴明の子孫は現在どこに?苗字は「土御門」──陰陽師の家系と末裔のゆくえ安倍晴明の子孫は室町以降「土御門家」を名乗り、江戸には陰陽道宗家、明治には子爵となった。家学は戦後、福井県名田庄の天社土御門神道本庁が継承。土御門家の現在、子孫の苗字、「安倍晋三は子孫か」まで、公文書と公式由緒で確認できる事実だけで答える。