天福寺
天福寺は、高松市香南町岡にある真言宗御室派の寺で、四国三十六不動霊場の第32番です(四国三十六不動霊場会)。本堂の脇に「安倍晴明之墓」と伝わる石の祠があり、江戸時代中期の寺の由来記には「阿部氏清明」という人物の名が記されると紹介されています(高松市教育委員会ほかの文化財学習会の資料)。晴明公と天福寺を結ぶ記述は、平安時代の史料では確認されていません。
由来・伝承
寺の縁起では、天平年中(729〜749年)に行基がこの地を訪れ、薬師如来を彫って一堂を建てたのが始まりとされ、延暦年中(782〜806年)に空海が訪れて真言宗の道場としたと伝わります。天福元年(1233年)に今の地へ移り、天福寺と改めたとされます(同資料)。
同じ資料によると、江戸時代中期の「天福寺由来記」に、平安時代に「阿部氏清明」(資料の表記のまま)という人物が寺に関わり、近くに一族の墓があると記され、同じころの古地図には「清明屋敷」「阿部氏堂(墓)」の名が見えます。墓はもと山あいにあり、今は本堂の脇に移されて、石の祠に丸い石と長い石が納められているといいます。
見どころ
本堂の脇の石の祠は、「安倍晴明之墓」と伝わります。参拝者が見てよいことを、2026年10月19日に寺へ電話で確認しました。本尊の薬師如来の誓いの言葉にちなみ、不動尊は「身代わり不動尊」と呼ばれています(四国三十六不動霊場会)。星詣は現地を確認していません。
讃岐の伝え
約1.5km北西の冠纓神社には、晴明公が神主を務めていたと伝わり、昭和5年(1930年)刊の『古今讃岐名勝図絵』には、晴明公を讃岐の横井の人とする伝えが記されています(同書は「確かではない」とも注記しています)。二つの社寺をめぐる旅の順路は、香川の巡り旅で案内しています。晴明公の生誕地をめぐる四つの伝承の比較は、読み物「安倍晴明の生誕地はどこか?」をご覧ください。
アクセス
- 所在地
- 香川県高松市香南町岡1077
- 境内に入れる時間
- 7時〜17時(2026年10月19日、寺に電話で確認)
- 納経の受付
- 8時〜17時(2026年10月19日、寺に電話で確認)
- 駐車場
- 寺に隣接して10台(2026年10月19日、寺に電話で確認)
- 車
- 高松空港から約1.9km・約4分、冠纓神社から約1.5km・約3分(地図の目安。2026年10月19日の表示)。四国三十六不動霊場会の案内は、高松空港から約2km・車で5分、JR高松駅から車で30分です。
- 徒歩
- 冠纓神社から約1.5km・約21分(地図の目安)
- バスの便
- 時刻とバス停からの道のりは、公式に確認できていません。
- 電話
- 087-879-2243(四国三十六不動霊場会)
よくある質問
- 天福寺に安倍晴明の墓があるのですか?
- 本堂の脇に「安倍晴明之墓」と伝わる石の祠があります。江戸時代中期の寺の由来記に「阿部氏清明」の名が記されると紹介されていますが、晴明公の墓と確かめられたものではありません。
- 参拝できる時間は?
- 境内に入れるのは7時〜17時、納経の受付は8時〜17時です(2026年10月19日、寺に電話で確認)。
- 駐車場はありますか?
- 寺に隣接して10台です(2026年10月19日、寺に電話で確認)。
出典・参考
- 四国三十六不動霊場公式Webサイト「第32番 天福寺」(真言宗御室派、第32番、身代わり不動尊、電話番号、空港・駅からの目安。2026-10-19 確認)
- 文化財学習会「ふるさと探訪」資料(香南町・中山城山の史跡を訪ねる、2015年1月25日。共催:高松市歴史民俗協会・高松市文化財保護協会・高松市教育委員会)(寺の縁起、「天福寺由来記」、古地図、本堂脇の祠。2026-10-19 確認)
- 天福寺への電話での確認(2026-10-19)(祠を参拝者が見てよいこと、星詣で紹介してよいこと、駐車場、境内に入れる時間、納経の受付)
- 地図の目安(Google マップ、2026-10-19 の表示)(車・徒歩の距離と時間)
- 『古今讃岐名勝図絵』(高松製版印刷所、1930年)国立国会図書館デジタルコレクション(讃岐の横井の人とする伝え、「確かではない」の注記)
社寺・関係者の方へ:掲載内容の訂正、写真のご提供、取材・掲載のご相談はお問い合わせからお願いいたします。
公開日:2026年10月19日
最終更新:2026年10月19日
- 宗派
- 真言宗御室派
- 札所
- 四国三十六不動霊場 第32番
- 晴明公ゆかり
- 本堂の脇に「安倍晴明之墓」と伝わる石の祠
- 電話
- 087-879-2243(四国三十六不動霊場会)
- 所在地
- 香川県高松市香南町岡1077
- 地図
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