静岡県

福王寺

〒438-0084 静岡県磐田市城之崎4丁目2722−1

福王寺は、磐田市城之崎に建つ曹洞宗の古刹です。永観二年(984年)、遠州一帯を襲った暴風を、諸国を巡る途中で遠江の国府・見付に立ち寄った安倍晴明公の祈祷が鎮めたと伝わり、山号「風祭山」はこの故事に由来します。境内には祈祷の旧跡と晴明公を祀る堂が残り、毎年三月八日に風祭りが営まれます。

由来・伝承

福王寺は千年余り前に真言宗高野山の末寺として建立され、文安元年(1444年)に永平寺直系の天翁義一禅師を迎えて再興、曹洞宗に改められました。本尊の聖観世音菩薩は行基の作と伝わる秘仏で、平安時代のヒノキ材寄木造の立像として磐田市の文化財に指定されています。遠州三十三観音霊場の第十八番札所であり、遠州七福神、遠江四十九薬師の霊場でもあります。

山号「風祭山」の由来を、寺の縁起は次のように伝えます。古文書によると、開創当時の永観二年(984年)、遠州一帯に暴風が来襲した。そのとき、京都から諸国行脚の途中で遠江に来ていた陰陽師・安倍晴明の祈祷によって暴風は鎮められ、多くの人々が災難を免れた。これにより山号を「風祭山」と称し、以来、毎年三月八日に風祭りの行事が行われている——。土地の言い伝えでは、晴明公が見付の国府に立ち寄った折、この世の終わりかと思うほどの大暴風に遭い、福王寺で風の吹いてくる方向に向かって祈祷したところ、たちまち嵐が止んだといい、人々は晴明公を風の神として祀ったと語られています。

見どころ

晴明公の祈祷の旧跡は、境内の西の小高い所に今も苔むして残ります。傍らには晴明公を安倍晴明大権現として祀る堂があり、三月八日の風祭りには大祭が営まれます。境内には駿河今川氏の初代・今川範国の墓所も伝わります。本堂と書院の裏手には大庭園「萬両園」が広がり、庭の高木「福王寺のケヤキ」は高さ27.5メートル、根回り4.65メートル、推定樹齢二百〜三百年で、平地のケヤキとしては最大規模として市の天然記念物に指定されています。境内裏の竹薮に自生する秋咲きのラン科の希少種アキザキヤツシロランの群生地も市指定の天然記念物です。春は桜と藤の名所として親しまれています。

アクセス

所在地
静岡県磐田市城之崎4-2722-1
拝観
境内自由。堂内・庭園の拝観は寺にお問い合わせください
バス
JR磐田駅から遠鉄バス〔25〕城之崎方面行き、「城之崎西」下車、徒歩約5分。バスは、遠鉄バスの時刻表で事前にご確認ください
車
東名高速「磐田IC」から約15分
行事
風祭り(安倍晴明大権現大祭)毎年3月8日

行事の日程や拝観の可否は変更されることがあります。最新の情報は寺または磐田市観光協会にご確認ください。

周辺の関連スポット

  • 晴明塚(掛川市大渕)——晴明公が津波除けの祈祷をしたと伝わる、遠州七不思議の塚。
  • 能満寺(榛原郡吉田町)——晴明公が大蛇を葬った上に植えたと伝わる国指定天然記念物のソテツ。
  • 翁稲荷社(静岡市駿河区)——駿府で唯一、晴明公を主祭神に祀る商店街の小さな神社。

よくある質問

山号「風祭山」の由来は何ですか。
永観二年(984年)に遠州一帯を襲った暴風を、諸国行脚の途中で遠江に来ていた安倍晴明公の祈祷が鎮めたと伝わり、この故事にちなんで「風祭山」と称するようになりました。以来、毎年三月八日に風祭りが行われています。
晴明公の祈祷の跡は今も見られますか。
境内の西の小高い場所に、苔むした祈祷の旧跡が残ります。晴明公を安倍晴明大権現として祀る堂もあり、三月八日の風祭りに大祭が営まれます。
アクセス方法を教えてください。
JR磐田駅から遠鉄バス〔25〕城之崎方面行き、「城之崎西」下車、徒歩約5分です。バスは、遠鉄バスの時刻表で事前にご確認ください。車なら東名高速「磐田IC」から約15分です。

出典・参考

社寺・関係者の方へ:掲載内容の訂正、写真のご提供、取材・掲載のご相談はお問い合わせからお願いいたします。

最終更新:2026年10月7日

宗派
曹洞宗(山号 風祭山)
本尊
聖観世音菩薩(市指定文化財・平安時代)
改宗
文安元年(1444年)天翁義一禅師
晴明公ゆかり
永観二年(984年)暴風を鎮めた祈祷の旧跡・風祭り(3月8日)
霊場
遠州三十三観音霊場 第十八番札所
所在地
〒438-0084 静岡県磐田市城之崎4丁目2722−1
地図
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