学問の神・除災招福の神
学問の神として受験期には多くの参拝者が訪れ、道真公が冤罪を晴らして名誉を回復したことから「除災招福の神」としても崇められています。
上野天満宮は、名古屋市千種区赤坂町に鎮座し、「名古屋天神」の名で親しまれる学問の神・菅原道真公の社です。およそ千年前の平安時代中期、この地に住んだ安倍晴明公の一族が、菅原道真公を敬慕してその御霊を祀ったのが始まりと伝わります。名古屋三大天神の一つに数えられ、九月には晴明祭が営まれます。
公式サイトの由緒によれば、道真公が太宰府で世を去り、その墓所の上に太宰府天満宮が建てられてからまだ百年に満たないころ、都を退いた花山天皇に仕えていた陰陽師・安倍晴明公の一族の一部も京を離れ、いまの名古屋市千種区清明山に移り住みました。都を離れた我が身に道真公の無念を重ねた一族は、社を建てて道真公を厚く祀り、やがて願いが通じて、一部を当地に残したまま京へ帰ることがかなったといいます。社は当初、清明山にあり、矢田川の氾濫を避けて江戸時代に現在地へ移りました。
晴明公が尾張の上野邑に住んだという伝承は、清明山の晴明神社にも伝わります。寛和二年(986年)の花山天皇の退位という政変ののち、一族が尾張へ下ったとする説を、天満宮の由緒は道真公の左遷と重ねて語ります。無実の罪で都を追われた学者と、政変の余波で都を離れた陰陽師の一族。都を追われた者が都を追われた者を祀ったという由緒が、この社の学問と除災の神徳の背景にあります。
学問の神として受験期には多くの参拝者が訪れ、道真公が冤罪を晴らして名誉を回復したことから「除災招福の神」としても崇められています。
境内には二つの「なで牛」があり、頭をなでると賢くなる、体の悪いところをなでると良くなるといわれます。
道真公をかたどった神社独自のおみくじは「天神みくじ」の愛称で親しまれ、境内のあちこちに奉納されています。
年間祭典のうち九月二十三日の「晴明祭」は、この社の起源に名を残す晴明公にちなむ祭りで、一月二十五日の初天神祭、十月第四日曜日の例祭とともに、社の年中行事を彩ります。
ご祈祷は予約不要で、合格祈願・厄祓のほか人形供養でも知られます。
年始は周辺道路の交通規制があり大変混雑します。神事・祭典の際はご祈祷を受けられない場合があります。
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最終更新:2026年10月5日