葛ノ葉稲荷社
葛ノ葉稲荷社は、あま市篠田(旧美和町)に鎮座する稲荷社です。晴明公の母と語られる白狐・葛の葉を祀る和泉国信太(現在の大阪府和泉市)の葛葉稲荷を、「しのだ」という地名の縁で勧請したと伝えられ、境内の歌碑には「恋しくば尋ねきてみよ和泉なる篠田の森のうらみ葛の葉」と、土地の名に置き換えた葛の葉の歌が刻まれています。
由来と見どころ
旧美和町が設けた境内の解説板は、この稲荷社を和泉の信太から葛ノ葉稲荷を勧請した社と伝えます。板が語る伝説はこうです。今から千年ほど昔、和泉国の安部保名という男が、信太の森で傷ついた白狐を助けた。その後、保名が病に倒れたことを知った白狐は、許嫁の葛ノ葉に化けて看病し、やがて保名と結ばれて信太丸が生まれた。親子三人むつまじく暮らしていたが、本物の許嫁の葛ノ葉が現れ、正体のばれた白狐は「恋しくばたずね来てみよ和泉なる信太の森のうらみ葛ノ葉」の一首を書き残し、わが子信太丸をおいて保名のもとを去った——。この「狐女房」の伝説は全国に多く、江戸時代には説教師や浄瑠璃芝居によってこの地にも伝わったようだと解説板は記します。信太丸こそ、のちの安倍晴明公とされる子です。
解説板によれば、この社は宗派を離れて人々に信仰されたばかりでなく、文政三年(1820年)には尾張藩主が鷹狩りの折に神鏡と神刀を奉納し、嘉永年間(1848〜54年)までは篠田良庵という医師が社を祀っていました。南に面した鳥居の先に拝殿と本殿が一体となった社殿が建ち、左右に狐の像が並びます。歌碑の「篠田の森」の文字が、和泉の伝説を尾張の篠田に引き寄せた土地の人々の思いを物語っています。
アクセス
- 所在地
- 愛知県あま市篠田稲荷17
- 参拝
- 自由
- 電車
- 名鉄津島線「木田」駅から南へ徒歩約20分
- 駐車場
- なし(周辺は住宅地)
住宅地の中の小さな社です。参拝の際は近隣への配慮をお願いします。
周辺の関連スポット
- 晴明塚(あま市新居屋)——晴明公が雑草に苦しむ農民のために祈祷したと伝わる塚。同じあま市内。
- 晴明塚(海部郡蟹江町)——晴明公が火伏せの祈祷をし、ほら貝や剣を埋めたと伝わる塚。
- 晴明神社(名古屋市千種区清明山)——晴明公が尾張の上野邑に住んだと伝わる住居跡に建つ社。
よくある質問
- 葛ノ葉稲荷社と安倍晴明の関係は何ですか。
- 晴明公の母と語られる白狐・葛の葉を祀る和泉国信太(現在の大阪府和泉市)の葛葉稲荷を、「しのだ」という地名の縁で勧請したと、境内の解説板が伝えます。境内の歌碑には、葛の葉の歌を「篠田の森」と土地の名に置き換えて刻んでいます。
- どこにあり、どう行けばよいですか。
- 愛知県あま市篠田稲荷17、名鉄津島線「木田」駅から南へ徒歩約20分(地図データからの目安)です。駐車場はなく、周辺は住宅地です。参拝は自由です。
- 尾張藩主との関わりはありますか。
- 境内の解説板によれば、文政三年(1820年)に尾張藩主が鷹狩りの折に神鏡と神刀を奉納し、嘉永年間(1848〜54年)までは篠田良庵という医師が社を祀っていたと伝わります。
出典・参考
- 境内解説板「葛ノ葉稲荷社」(旧美和町設置。勧請の由来、葛の葉伝説、尾張藩主の奉納、篠田良庵)
- 境内歌碑「恋しくば尋ねきてみよ和泉なる篠田の森のうらみ葛の葉」
社寺・関係者の方へ:掲載内容の訂正、写真のご提供、取材・掲載のご相談はお問い合わせからお願いいたします。
最終更新:2026年10月5日
- 祭神
- 葛ノ葉稲荷(和泉信太の葛葉稲荷を勧請と伝わる)
- 伝承
- 晴明公の母・葛の葉の狐女房伝説(境内解説板)
- 史料
- 文政三年(1820年)尾張藩主が神鏡・神刀を奉納
- 参拝
- 自由(駐車場なし)
- 所在地
- 〒490-1211 愛知県あま市篠田稲荷17
- 地図
- Googleマップで見る