五方山熊野神社
五方山熊野神社は、葛飾区立石八丁目、中川の蛇行部に鎮座する社です。平安時代中期、一条天皇の長保年間(999〜1003年)に陰陽師・安倍晴明公が熊野大神を勧請したと伝わります。晴明公が陰陽五行説に基づいて三十間五角(一辺約五十五メートルの正五角形)の境内地を定めたと伝わり、「五方山」の名はここに由来します。
由来・伝承
五方山熊野神社の公式サイトは、由緒を次のように伝えます。花山上皇が那智山中で修行を行っていた際、天狗が現れてさまざまな妨害を繰り返した。そこで晴明公が岩屋に大勢の天狗を封じ込める祈祷をしたところ、妨害は収まり、上皇の修行は無事に終えられた。上皇の信頼を得た晴明公は陰陽師として名声を極め、上皇に伴って那智熊野の地で三年間の滝行と山籠りの行を共に行った。その後、清浄なる聖地を求める旅の途中にたまたま当地へ立ち寄り、この地を選定したと伝えられている——。中川の中洲に鎮座するこの一帯は水害に悩まされてきたため、晴明公が陰陽五行説(木火土金水)に基づき三十間五角の境内地に結界を張り巡らせて守ったと公式サイトは記し、八咫烏を正五角形が囲む神紋は、この境内の形をかたどったものです。
文政十三年(1830年)成立の『新編武蔵風土記稿』は、葛飾郡立石村の「熊野社」について、村の鎮守であること、神体は長さ二尺余りの石剣で村名もこれに由来すること、相伝えて阿部晴明の勧請であること、社地は五行にかたどって五角であり今もその形が残ることを記し、別当は南蔵院と伝えています。江戸時代にはすでに晴明公勧請の伝承と五角形の社地が知られていたことがわかります。公式サイトの略年譜によれば、徳川三代将軍家光(元和九年・1623年)と八代将軍吉宗(享保元年・1716年)は鷹狩の際に必ず当社に参拝し、社は金烏護符を献上しました。天明六年(1786年)の大洪水で社殿が大破したのち寛政六年(1794年)に再建され、寛政八年(1796年)には幕府の命により御神体の石棒を守る石造の内々陣が造営されました。明治十二年(1879年)に現在の本殿が造営され、明治十九年(1886年)には御神体の石棒が人類学会で紹介されています。平成十九年(2007年)の創建一千年記念には神門と神楽殿が、平成二十一年(2009年)には銅造の五重塔が建立され、平成二十年(2008年)には金烏御守護が約三百年ぶりに復活しました。
見どころ
主祭神は伊邪那岐大神で、相殿に速玉男大神と事解雄大神を祀り、家内安全・縁結び、厄除け・病気平癒の神徳で崇敬されています。御神体は「神代の石剣」と呼ばれる二尺四寸(約七十センチ)の石剣で、関東地方では極めて珍しいものとされ、江戸市中からも参詣者が群れをなしたと公式サイトは伝えます。社殿の両脇に立つ二本の楠の御神木は樹齢三百七十年、葛飾区登録天然記念物で、同じ高さで寄り添う姿から「夫婦楠」と呼ばれます。正五角形の境内には、地上七メートルの銅造五重塔、御鎮座一千年を記念した神門と神楽殿が並び、九月十六日の例祭のほか、新月と満月の夜に参拝する「夜詣り」も行われています(特別祈祷は18時・19時・20時から。公式サイト)。
アクセス
- 所在地
- 東京都葛飾区立石8-44-31
- 参拝
- 時間の記載は、公式に確認できていません(授与所・ご祈祷の受付は、公式サイトでご確認ください)
- 電車
- 京成本線・京成押上線「青砥」駅から徒歩10分(公式。地図の目安では約700m・徒歩約9分)。京成立石駅からは約1.0km・徒歩約15分(地図の目安)
- 車
- 駐車場あり(公式。台数・料金は記載なし)
周辺の関連スポット
- 熊野那智大社(和歌山県那智勝浦町)——晴明公が花山法皇の千日籠りを守り、千日の滝行を修めたと伝わる熊野三山の一社。当社の由緒の舞台。
- 安倍晴明生誕地(茨城県筑西市猫島)——『簠簋抄』が晴明公の生誕地と記す猫島の晴明橋公園。
- 晴明神社(京都・堀川一条)——晴明公の屋敷跡に創建された晴明信仰の中心。
よくある質問
- 五方山熊野神社と安倍晴明にはどのような関係がありますか。
- 長保年間(999〜1003年)に晴明公が熊野大神を勧請したと伝わり、晴明公が陰陽五行説に基づき三十間五角の正五角形に境内地を定めたことから五方山と号します。
- 祭神は誰ですか。
- 主祭神は伊邪那岐大神で、相殿に速玉男大神と事解雄大神を祀ります。御神体は「神代の石剣」と呼ばれる長さ約七十センチの石剣です。
- 境内はなぜ五角形なのですか。
- 中川の中洲にあり水害に悩まされた土地を守るため、晴明公が木火土金水の陰陽五行説に基づき、一辺約五十五メートルの正五角形の境内地に結界を張ったと伝わります。八咫烏を五角形が囲む神紋もこれをかたどっています。
出典・参考
- 五方山熊野神社 公式サイト「ご由緒」(創建、花山上皇と那智の伝承、略年譜、御祭神、境内、御神木、神紋、御神体)
- 五方山熊野神社 公式サイト(御祭神の神徳、アクセス、新月・満月夜詣り)
- 『新編武蔵風土記稿』葛飾郡立石村「熊野社」(文政十三年・1830年。神体の石剣、阿部晴明の勧請、五角の社地、別当南蔵院)
- 葛飾区「文化財一覧」(区登録の天然記念物「熊野神社のクスノキ 2株」)
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最終更新:2026年10月17日
- 主祭神
- 伊邪那岐大神(相殿:速玉男大神、事解雄大神)
- 創建
- 長保年間(999〜1003年)、安倍晴明公が熊野大神を勧請と伝わる
- 境内
- 三十間五角(一辺約55メートル)の正五角形。神紋は五角形に八咫烏
- 御神体
- 神代の石剣(長さ約70センチ)
- 所在地
- 〒124-0012 東京都葛飾区立石8丁目44−31
- 地図
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- 公式サイト
- https://jinjya.kumano-kids.com/