安倍晴明社
安倍晴明社は、田辺市龍神村殿原(とのはら)の丹生ノ川沿い、笠塔大橋のたもとに鎮座する小さな社です。平安時代にこの地を訪れたと伝わる陰陽師・安倍晴明公を祀り、晴明公が去ったのちに里人が見つけた玉石を御神体として祠を建てたのが始まりと伝わります。和歌山県内で晴明公を祀る社はここだけとされ、鳥居の脇には「史跡 安倍晴明社」の標柱が立ちます。
由来・伝承
和歌山県観光連盟の公式観光サイトは、この社の起源を次のように伝えます。晴明公がこの地を訪れたのち、村人が玉石を見つけ、それを御神体として祠を建てて晴明公を祀った——。現在は小さな社と鳥居が残るのみですが、地域の人々の手で守り継がれています。殿原の「安倍晴明所縁の地碑」に添えられた案内板は『龍神村誌』下巻「民俗誌」を引き、平安時代の寛和年間(985〜987年)、殿原字谷口の庄司・新九郎のもとに晴明公が立ち寄ったと記します。当時、神山(笠塔山)に妖怪が出没して里人や通行人に危害を加えていたため、晴明公は山に登って祈祷し、杖を柱に笠を屋根とみなして堂の代わりとし、三日三晩護摩を焚いて妖怪を猫又の滝に追い込み祈り伏せた。滝の岩に梵字を刻み、この字が消えぬうちは滝壺から一歩も出ることを許さんと告げて山を下りた。以来、山は笠塔山と呼ばれ、近隣には晴明公ゆかりの地名や伝説が残ったと伝わります。和歌山県の振興局が刊行した伝承ガイド「癒しの国の妖しの物語」も、同じ村誌を典拠に、この猫又滝の伝説を紹介しています。
この伝承が古くから土地に根づいていたことは、田辺に暮らした博物学者・南方熊楠の記録が裏づけます。熊楠は大正二〜三年(1913〜14年)に雑誌『郷土研究』へ寄せた「紀州俗伝」で、日高郡上山路村殿原の谷口という字の田の中に「晴明の社」という小祠があり、この田に棲む蛭は形も大きさも普通の蛭と変わらないのに血を吸わない、と書き留めています。祠のそばには「晴明の井」という清水があり、殿原の応行寺と隣字丹生川の間には「晴明の淵」、その上の道端には晴明公が転落したという険しい崖、淵の向こうには腰掛け石があるとも記します。熊野詣の途中、駕篭かきに崖から突き落とされた晴明公が死なずに川を渡って石に腰掛けて憩い、詫びる駕篭かきに金の袋を与えたが、持ち帰って開くと木の葉ばかりだった——という話も、熊楠が土地の人から聞き取ったものです。県の伝承ガイドは、一若(いちわか)という者が晴明公の大金を奪おうと崖から川へ突き落としたが晴明公は死なず、一若は呪をかけられて一族が絶えたと伝え、この地を「晴明転がし」、落ちた淵を「晴明淵」と呼ぶと記しています。
見どころ
県道沿いの石段を上がると木の鳥居と小さな社殿があり、脇に「史跡 安倍晴明社」と記した標柱が立ちます。社の前の掛け所には五芒星(晴明桔梗)を描いた「殿原晴明神社」の絵馬が並び、晴明公ゆかりの地であることを静かに物語ります。無人の社で授与所はなく、絵馬は地元の保存会が頒布しています。社から車で五分ほどの殿原地区内には「安倍晴明所縁の地碑」があり、猫又の滝の伝承を記した案内板が添えられています。熊楠が記した「晴明の井」「晴明の淵」も殿原に伝わる地名で、丹生ノ川の流れとともに、千年前の陰陽師がこの谷を歩いたという物語を今に伝えています。
アクセス
- 所在地
- 和歌山県田辺市龍神村殿原1322-3(和歌山県公式観光サイトの表記。旧資料には殿原1025とするものもあるが、同じ場所)
- 参拝
- 境内自由(無人)
- 車
- 阪和自動車道「南紀田辺IC」から約1時間。国道425号から国道371号・県道735号で丹生ノ川沿いを進み、笠塔大橋の手前
- 駐車場
- なし
- 問い合わせ
- 龍神観光協会(0739-78-2222)
周辺は道幅の狭い区間があります。公共交通機関の便はよくないため、車でのアクセスが基本です。なお、和歌山県公式観光サイトでは、社の名前を「安部晴明社」と表記しています。
周辺の関連スポット
- 猫又の滝(田辺市龍神村殿原)——晴明公が笠塔山の妖怪を封じたと伝わる滝。社から笠塔大橋を渡って約650メートル。
- 安倍晴明の腰掛け石(田辺市中辺路町野中)——那智へ向かう途中の晴明公が腰を下ろし、山崩れを止めたと伝わる石。
- 晴明の蛭伏石(田辺市本宮町皆地)——血を吸う蛭を石の下に伏せて鎮めたと伝わる石。
- 熊野那智大社(那智勝浦町)——晴明公が千日の滝行を修めたと『古事談』が記す熊野三山の一社。
よくある質問
- 安倍晴明社と安倍晴明にはどのような関係がありますか。
- 平安時代に晴明公が殿原を訪れ、笠塔山の妖怪を猫又の滝に封じたと伝わり、晴明公が去ったのちに里人が見つけた玉石を御神体として祠を建て、晴明公を祀ったのが始まりと伝わります。
- 京都の晴明神社とはどう違いますか。
- 京都の晴明神社は晴明公の屋敷跡に一条天皇の命で創建された社です。龍神村の安倍晴明社は、この地を訪れた晴明公を里人が祀った小さな社で、和歌山県内で晴明公を祀る社はここだけとされています。
- 御朱印やお守りはありますか。
- 無人の社で授与所はありません。五芒星の絵馬は地元の保存会が頒布しています。詳細は龍神観光協会にお問い合わせください。
出典・参考
- 和歌山県公式観光サイト「安部晴明社」(公益社団法人 和歌山県観光連盟。起源、猫又の滝、所縁の地碑、アクセス)
- わかやま歴史物語「072 大陰陽師・安倍晴明 紀南に残された伝承の地」(和歌山県観光連盟。玉石の由来、所縁の地碑と案内板、五芒星の神紋)
- 和歌山県 日高・西牟婁・東牟婁振興局「癒しの国の妖しの物語〜熊野への聖地巡礼〜」(平成27年3月。「平安時代を生きた陰陽師 安倍晴明」の項、『龍神村誌』下巻を典拠に笠塔山・猫又滝・晴明淵を記述)
- 南方熊楠「紀州俗伝」(『郷土研究』大正2〜3年、『南方随筆』所収。殿原谷口の「晴明の社」、血を吸わない蛭、晴明の井・晴明の淵・腰掛け石)
- 現地案内板(安倍晴明所縁の地碑、『龍神村誌』下巻「民俗誌」より。寛和年間の来訪、庄司新九郎、猫又滝の伝説)
- 現地標柱「史跡 安倍晴明社」、絵馬掛けの絵馬「殿原晴明神社」
社寺・関係者の方へ:掲載内容の訂正、写真のご提供、取材・掲載のご相談はお問い合わせからお願いいたします。
最終更新:2026年10月6日
- 祭神
- 安倍晴明公(玉石を御神体として祀ったと伝わる)
- 伝承
- 笠塔山の妖怪を猫又の滝に祈り伏せた(『龍神村誌』下巻)
- 史料
- 南方熊楠「紀州俗伝」(1913〜14年)に「晴明の社」の記録
- 参拝
- 境内自由(無人・駐車場なし)
- 所在地
- 〒645-0413 和歌山県田辺市龍神村殿原1322-3
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