大阪府

安倍晴明神社

〒545-0034 大阪府大阪市阿倍野区阿倍野元町5-16

大阪の安倍晴明神社は、阿倍野区阿倍野元町、旧熊野街道に面して鎮座する阿倍王子神社の境外末社です。社伝『晴明宮御社伝書』によれば、晴明公の死を惜しんだ花山法皇の命により、生誕の地とされる阿倍野に寛弘四年(1007年)に創建されたと伝わります。境内には江戸時代に建てられた「安倍晴明生誕伝承地」の石碑、産湯井の跡、鎮石、葛之葉霊狐の飛来像が並び、大阪市は社域全体を保存樹林に、この地を「安倍晴明公生誕伝承地」として顕彰しています。京都の晴明神社とは別の社です。

由来・伝承

公式サイトが伝える社伝によれば、御祭神の安倍晴明公は、崇神天皇の御代に四道将軍を務めた大彦命の遠い子孫にあたり、天慶七年(944年)三月、辰の日の辰の刻にこの阿倍野の地で生まれて安倍童子と呼ばれたといいます。のちに都へ上って賀茂忠行・保憲父子に学び、村上天皇から一条天皇まで五代の帝に仕えて天文博士や播磨守などを歴任し、寛弘二年(1005年)九月二十六日に世を去りました。その二年後の寛弘四年(1007年)、晴明公を惜しんだ花山法皇が故郷の阿倍野に社を建てさせたのがこの神社の始まりと伝わります。晴明公の生年については、本サイトの他のページが依拠する延喜二十一年(921年)説をはじめ諸説があり、生誕地にも奈良・安倍や茨城・猫島などの伝承が並び立ちますが、公式サイトは阿倍野をもっとも有力な説と位置づけています。

この社が晴明公の子孫である土御門家からも特別な場所と見なされてきたことは、江戸時代の記録が示します。公式サイトによれば、宝暦四年(1754年)の晴明公七百五十年祭にあたって土御門家が示した「晴明霊社旧地之次第」は、奈良の安倍文殊院、大阪の安倍晴明神社、福井の天社土御門神道本庁、和泉の信太明神、京都の晴明神社、嵯峨の御墓所、東山の遣迎院(けんごういん。公式サイトの表記は「遺迎院」)の七箇所を晴明公の旧跡と定め、当社を生誕地として「第二之旧跡」としています。明治政府による陰陽道の禁止ののち、昭和十七年(1942年)に土御門神道同門会が結成され、昭和二十一年(1946年)に天社土御門神道本庁として再興が果たされた際には、阿倍王子神社宮司の長谷川茂が設立時の主管者三名の一人として名を連ねました。阿倍王子神社には本庁発行の「昭和二十二年本暦」が保管され、両社で頒布される本暦は今も天社土御門神道本庁が発行しています。

見どころ

誕生地の碑と産湯井の跡

誕生地の碑と産湯井の跡

境内はおよそ百八十坪の小さな社地ですが、伝承にまつわる石と像が集まっています。「安倍晴明誕生地」の碑は江戸時代に神南辺大道心が寄進したもので、この人物が各地で石碑を建てたいきさつは『住吉区史』に見えると公式サイトは述べます。

「安倍晴明公産湯井の跡」は、江戸時代の『摂津名所図会大成』にも描かれた井戸で、現在は手水舎の横に位置を移しながら今も水が湧き、「晴明水」として手水に使われています。

鎮石(孕み石)

「鎮石」は孕み石とも呼ばれて安産の御利益が伝わり、藤原実資の女房の出産に際して晴明公が穢れを祓い産所への祟りを封じる解除を行ったことが『小右記』に見える、と公式サイトは説明します。

社殿

銅像・泰名稲荷神社・葛之葉霊狐の飛来像

このほか晴明公の銅像、伝説上の父・安倍保名の名を冠した泰名稲荷神社、母・葛之葉姫の物語を伝える葛之葉霊狐の飛来像があります。境内には占いコーナーが設けられ、晴明公の学問である占いの社としても親しまれています。

鳥居

年中行事と御朱印

年中行事では、七月七日午後二時に晴明公の星祭りである七夕祭、九月二十六日午後二時に安倍晴明神社大祭が営まれます(阿倍王子神社公式サイト「行事予定」)。

授与所が不在のときは南五十メートルの阿倍王子神社で御朱印と授与品(葛之葉狐おみくじを除く)を受けられ、ご祈祷は阿倍王子神社で奉仕されます。

アクセス

所在地
〒545-0034 大阪市阿倍野区阿倍野元町5-16
社務所
11:00〜16:00(不在時は阿倍王子神社へ)
電車
阪堺電気軌道上町線「東天下茶屋」停留場から徒歩約5分(天王寺駅前から電車約5分)。坂を上り四つ角を右へ50メートル、熊野街道を進むと右手(公式案内)。大阪メトロ御堂筋線「昭和町」駅④番出口からは昭和町交差点を西へ200メートル、松虫交差点を南へ50メートル、徒歩約15分(阿倍王子神社公式の案内による)
バス
大阪シティバス(住吉車庫前・浅香・おりおの橋行き)で天王寺バス停(あべの橋)から約7分、「王子町」下車。阿倍王子神社まで徒歩約1分、当社はその北隣(阿倍王子神社公式の案内による)
車
阿倍王子神社に数台分の駐車場あり。満車時・祭礼時は近隣の駐車場を利用
問い合わせ
06-6622-2565(阿倍王子神社社務所)

京都の晴明神社との違い、生誕地をめぐる四つの説は、読み物「京都の晴明神社と大阪の安倍晴明神社は何が違う?」と「安倍晴明の生誕地はどこか?」で整理しています。

周辺の関連スポット

  • 阿倍王子神社(阿倍野区)——当社の本社。熊野九十九王子のうち大阪府内で唯一旧地に現存する王子社。南へ約50メートル。
  • 信太森葛葉稲荷神社(和泉市)——晴明公の母・葛の葉姫の伝説の地。土御門家の七箇所旧跡のひとつ。
  • 安倍文殊院(奈良県桜井市)——安倍一族の氏寺。七箇所旧跡の第一「安倍家の発祥地」。
  • 天社土御門神道本庁(福井県おおい町)——晴明公の子孫・土御門家の宗家本庁。当社と阿倍王子神社で頒布する本暦の発行元。
  • 晴明神社(京都市上京区)——晴明公の屋敷跡に創建された社。同名の神社と混同されやすい。

よくある質問

大阪の安倍晴明神社と京都の晴明神社はどう違いますか。
京都の晴明神社は晴明公の屋敷跡に一条天皇の命で創建された社です。大阪の安倍晴明神社は生誕の地と伝わる阿倍野に花山法皇の命で寛弘四年(1007年)に創建されたと伝わる社で、阿倍王子神社の境外末社にあたります。
安倍晴明は本当に阿倍野で生まれたのですか。
生誕地には阿倍野のほか、奈良の安倍、茨城の猫島などの伝承があり、生年も天慶七年(944年)とする社伝と延喜二十一年(921年)とする説があります。公式サイトは、古代豪族・阿倍氏の本拠地であることから阿倍野をもっとも有力としています。本サイトは各地の伝承をそれぞれの資料に基づいて紹介しています。
御朱印やお守り、占いはありますか。
社務所は11時から16時で、不在のときは南50メートルの阿倍王子神社で御朱印と授与品を受けられます。境内には占いコーナーが設けられています。詳細は公式サイトでご確認ください。

出典・参考

社寺・関係者の方へ:掲載内容の訂正、写真のご提供、取材・掲載のご相談はお問い合わせからお願いいたします。

最終更新:2026年9月5日

祭神
安倍晴明公
創建
寛弘四年(1007年)、花山法皇の命と伝わる(『晴明宮御社伝書』)
晴明公ゆかり
生誕伝承地。土御門家「晴明霊社旧地之次第」の第二之旧跡
祭礼
七夕祭(七月七日)・安倍晴明神社大祭(九月二十六日)
社務所
11:00〜16:00(不在時は阿倍王子神社)
所在地
〒545-0034 大阪府大阪市阿倍野区阿倍野元町5-16
地図
Googleマップで見る
公式サイト
https://abeseimeijinjya.jp/
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