安倍晴明大神の石碑
安倍晴明大神の石碑は、北鎌倉駅から建長寺へ向かう山ノ内の道がJR横須賀線の踏切を越えたすぐ先、道の右手に立つ小さな石碑です。碑面には「安部清明大神」と刻まれ、台石に「氏子中」、後ろの柵に掛かる木札には「陰陽師安倍晴明大神の石碑」と記されています。山ノ内には鎌倉幕府の記録『吾妻鏡』に由来する晴明公の伝承が残り、この碑のあたりに晴明公ゆかりの館があったと語り伝えられています。
由来と見どころ
『吾妻鏡』治承四年(1180年)十月九日条は、鎌倉に入った源頼朝の御所の造営が期日に間に合わないため、当座の御所として知家事兼道の山内の宅を移し建てたと記し、この家は正暦年中(990〜995年)の建立以来一度も火災に遭っていない、清明朝臣(晴明公)が鎮宅の符を押したためである、と伝えています。晴明公自身が鎌倉に来たという記録はなく、符を押されたという館がどこにあったかも明らかではありませんが、山ノ内では踏切近くのこの碑の付近を館の跡と語り伝えてきました。碑は、明治年間に氏子が建てたと伝わります。明治三十九年(1906年)の銘があるともいわれますが、星詣は銘を確認できていません。碑面には「安部清明」と刻まれています。
碑の後ろには平たい石と丸い石が置かれています。『新編相模国風土記稿』(江戸時代の地誌)は、山ノ内村の往還に「晴明石」が二所あり(各々大きさは三尺ほど)、石の傍らにそれぞれ井があって、安倍晴明の加持水として火難を防ぐ霊験があると言い伝える、大船村の多聞院の持ちである、と記します。風土記稿に書かれているのはここまでで、二つの石がどこにあったかは記されていません。いま八雲神社にある晴明石は、鎌倉市教育委員会編『としよりのはなし』によれば、十王堂橋の近くの路上にあった石を移したものです。もう一つの石については、公共図書館のレファレンス事例に「浄智寺前の踏み切り右側にも『晴明石』があります」とありますが、この碑と同じ石かどうかは確認できていません。碑は、蕎麦店の脇の小さな一角に立っています(写真による。星詣は現地を確認していません)。
アクセス
- 所在地
- 神奈川県鎌倉市山ノ内(横須賀線踏切と烏森稲荷社参道の間、道路脇)
- 見学
- 道路脇に立つ碑です。見学の時間や決まりは、公的資料に記載を確認できていません。石碑のための駐車場も、記載を確認できていません
- 電車
- JR横須賀線「北鎌倉」駅から建長寺方面へ約450m・徒歩約7分(地図の徒歩ルートの目安。公式の記載なし)
周辺の関連スポット
- 八雲神社(山ノ内)(鎌倉市山ノ内)——十王堂橋近くから移された晴明石(びっこ石)を祀る山ノ内の鎮守。徒歩約17分(地図の目安)。
- 第六天社(鎌倉市山ノ内)——建長寺門前、鳥居脇に「安部清明大神」の碑が立つ建長寺の四方鎮守。徒歩約6分(地図の目安)。
- 五方山熊野神社(東京都葛飾区立石)——長保年間に晴明公が熊野大神を勧請したと伝わる関東の社。
よくある質問
- なぜ鎌倉に安倍晴明の石碑があるのですか。
- 『吾妻鏡』治承四年(1180年)十月九日条が、源頼朝の当座の御所として移し建てた山内の宅について、正暦年中の建立以来一度も火災に遭っていないのは清明朝臣(晴明公)が鎮宅の符を押したためだと伝えているからです。晴明公自身が鎌倉に来た記録はなく、館の場所も明らかではありませんが、山ノ内ではこの碑の付近を館の跡と語り伝えてきました。
- 碑はいつ建てられたものですか。
- 氏子によって明治年間に建てられたと伝わります。明治三十九年(1906年)の銘があるともいわれますが、星詣は銘を確認できていません。碑面には「安部清明大神」と刻まれています。
- どう行けばよいですか。
- JR横須賀線「北鎌倉」駅から建長寺方面へ約450m・徒歩約7分(地図の徒歩ルートの目安。公式の記載なし)、踏切を越えてすぐの道の右手にあります。碑は道路脇に立っています。見学の時間や、駐車場は、公的資料に記載を確認できていません。
出典・参考
- 『吾妻鏡』治承四年十月九日条(知家事兼道の山内宅、正暦年中の建立、清明朝臣の鎮宅の符)
- 現地石碑「安部清明大神」、台石「氏子中」、木札「陰陽師安倍晴明大神の石碑」(写真により判読。明治三十九年の銘は訪問記録による、原物未判読)
- 『新編相模国風土記稿』第四輯 鎌倉郡(大日本地誌大系、国立国会図書館デジタルコレクション) 巻之八十一(鎌倉郡巻之十三)山ノ内村の項、頁三十四(コマ240)。「晴明石。往還中ニ二所アリ。〔各大ニ三尺許〕。石ノ傍ニ各井アリ。安倍晴明カ加持水ニシテ火難ヲ防ク奇特アリト云傳フ。大船村多聞院持。」
- Japaaan「北鎌倉に遺されている陰陽師・安倍晴明ゆかりの史跡を紹介」(明治年間の氏子建立、「安部清明」表記。参考文献として北鎌倉湧水ネットワーク『ガイドブックに載らない北鎌倉の神々』を挙げる)
- 鎌倉市中央図書館のレファレンス事例(レファレンス協同データベース)(浄智寺前の踏切の晴明石、第六天社の碑への言及)
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最終更新:2026年10月12日
- 碑文
- 「安部清明大神」(台石「氏子中」)
- 伝承
- 『吾妻鏡』治承四年条に記す晴明公の鎮宅の符を押した館の跡と伝わる
- 建立
- 明治年間、氏子による(明治三十九年〔1906年〕の銘があるともいわれるが、未確認)
- 見学
- 道路脇の碑(見学の時間や決まりは、公的資料に記載を確認できていません。駐車場も、記載を確認できていません)
- 所在地
- 〒247-0062 神奈川県鎌倉市山ノ内
- 地図
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